三者三様の生きづらさと承認欲求。『山口つばさ短編集 ヌードモデル』感想
『ブルーピリオド』の山口つばさ氏による漫画『山口つばさ短編集 ヌードモデル』の感想です。
収録されているのは「ヌードモデル」「おんなのこ」「神屋」の3作品で、どれも若者の生きづらさや承認欲求が性を通じて色濃く生々しく描かれています。
セリフだけでは読み取れないことがたくさんあって、一読後もあれこれ考えたくなるおもしろさがありました。
性別的なステレオタイプを一瞬混乱させる設定が意図的されているところも特徴かなと思います。
異性の前で裸になり男性向け週刊誌のモデルのポーズをとる男性、学校中の男をとりこにする喘ぎ声を出す女の子のような顔をした男性、医大首席合格でタナカ「くん」と呼ばれる女性、といったように。
以下、ネタバレありの感想です。
見られたい欲求。「ヌードモデル」
コミュ力が高い、愛想笑いがうまい、などブルーピリオドの八虎を彷彿とさせる主人公・百瀬が、美大を目指す女子・夏目に罰ゲームで接近する話。
夏目は人付き合いが苦手で表情に乏しく能面と揶揄されている。が、勝手に人を能面と呼ぶなどまったくもって失礼な話。
夏目は百瀬を信用せず、親しくなる価値のない相手だと見なしていたに過ぎない。
百瀬は不良友達に、俺は地味系に話しかけるのが好きなんだ、話しているうちに好感度が上がっていくのがおもしろいのだと話していた。
だんだんとこの言葉がストーリー上で具現化されていくのがポイントで、好感度が上がるのは百瀬のほうだというのが爽快。
夏目いわく、モデルをやってる百瀬は嘘がない。
百瀬は着飾っていない自分を見られるのが楽しいと自覚する。
数コマだけ描かれた百瀬の帰宅シーンから察するに、百瀬はあまり親から関心を持たれていないので、自分をちゃんと見てほしいという欲求があったのかもしれない。
ありのままの百瀬を見てくれるのは家族でも友人でもなく夏目だけで、百瀬はそこに心地よさを感じるようになったのだと思う。
3日間で急激に変わったのは百瀬だけかもしれないけれど、夏目もある程度距離が縮まった相手にはちゃんと笑顔を見せるのだと最後に分かる。
夏目が笑い、夏目から百瀬にモデルの打診をする様子から、今後少しずつ百瀬が見たことなかった夏目の一面が現れていくのだろうなと、そう思わせるラストだった。
あと、創作とは自分をさらけ出すものと言われているので、ヌードモデルは作者が自分の漫画をたくさんの人に読んでほしいという気持ちのメタファーになるのかなと深読み。
重めの解釈をした。「おんなのこ」
女のふりをして自分の喘ぎ声を録音して楽しんでいた矢田は、性差別的なところがあり、胸の大きい同級生・朝比奈にも侮蔑的な言葉を投げつける。しかし…という話。
「おんなのこ」は読む人によって見え方が全然違う作品なのではないかと思います。
作者のTwitterで全ページ公開されています。
女の子のフリしてあえぎ声を録音したら学校中に広まった
— 山口つばさ??ブルーピリオド展開催中 (@28_3) August 26, 2022
(1/12)
※性的・暴力的表現があります ご注意ください#漫画が読めるハッシュタグ pic.twitter.com/BBMBac38iW
この短編の要所は、最後の矢田のモノローグに集約されている。
朝比奈のおっぱいはほんとうに大きかった
けど俺はそれをつけて一生生きていきたくはないと思ったんだ
矢田は自分の喘ぎ声に学校中の男子が興奮していることに密かな優越感を抱いていた。
同時に、大きな胸の朝比奈に嫉妬していた(と思う)。
男に欲情されることで自分に価値を感じてるんだろ、と矢田は朝比奈に言っていたけど、これはきっと矢田自身のことだったのだろう。
しかし、欲情がまっすぐ自分に向けられて手を出されることがどれほどの恐怖か、そこまで矢田は想像できていなかった。
性犯罪者に襲われたところを朝比奈に助けられ、朝比奈に何が起きていたか知ることで矢田は理解する。
大きな胸は好奇の目にさらされ、あらぬ誹謗中傷を受け、時に性犯罪に巻きこまれるということを。おんなのこは胸があるというだけで、その苦労を望まず背負わされるということを。
性的な目で見られるのが嫌いなやつなんかいない、と勘違い発言をしていた矢田がそのことに気づけたのは大きな成長ではある。
しかし、矢田は都合のいいときだけ女のふりをして遊んで楽しめる。嫌になったらやめることができる。
矢田にとって朝比奈の苦労は他人事のままでいられるのだ。
そして矢田と朝比奈には決定的な違いがある。
矢田はレイプされずに済んだが、朝比奈はレイプされている可能性が高い。直接的な描写はないので断言はできないけど、繰り返し性被害に遭っていたのは間違いない。
泣きながら朝比奈にあやまる矢田に「男の子でしょ」と返した朝比奈。
その言葉は、男のくせに泣くなといった単純なものではなく、あんたは助けてもらえたでしょとか、あんたは男だから私に比べれば被害に遭う確率は低いでしょとか、今まで朝比奈が耐えてきたであろう苦痛が絞り出された言葉のように私は感じた。
何が起こった?「神屋」
血を見るのが苦手な医者タナカが吸血症のホスト、ヨハンに魅入られていく話。
吸血症は自分で血を作れないから誰かに血をもらわないと死んでしまう症状で、そういったファンタジー要素が入ったミステリー。
ラストに何が起きたのか、詳しい考察がほしいと思いつつ私の考えたことを書いてみる。
以下、すごくネタバレします。
タナカはちまたで話題になっていた連続殺人の被害者になるが、この犯人が警官になりすましたヨハンの太客であろうことは想像つく。
吸血症の人間は今まで血液を吸った生き物の形に姿を変えることができるという話と、警官の帽子や服の装飾がヨハンを病院に運んできたときから変わっているという点から。
ただ、そいつとヨハンがグルかどうかまでは分からなかった。
(警官がタナカに「ヨハンくんのお客さんだったんすね」と言って一瞬「?」となったけど、たぶん警官(正確にはヨハンの太いカモ)はタナカが神屋に通っていることまでしか知らなくて、あの場所にタナカが立っていた=ヨハンのお気に入り=タナカはヨハンの客、となったのかなと)
太客はヨハンに血を献上できて邪魔者も排除できて一石二鳥、ヨハンもタナカの血を吸い尽くして「ずっと一緒」になることができる。
最後のページのヨハンはタナカと同じ位置にホクロがあり、視覚的にもふたりが「一緒」になったことが示唆されている。
そういうふうにヨハンと「一緒」になった客が何人もいるのではないか。
ヨハンは何も頼んでいないけど、お気に入りの客の血を吸えるぶんには文句ない、くらいの感じかもしれない。
少なくとも、あの現場で自分がアフターに誘ったタイミングで客が同じ殺され方をされていることくらい、ヨハンは知っているはず。
タナカと一緒にいたいと言っていたヨハンにとって、タナカはあくまでたくさんいる客のひとりに過ぎなかった可能性がある。
タナカ目線ではヨハンがタナカだけを特別扱いしているように見えても、タナカの見えないところでヨハンが誰に何をしているかは分からない。特別な客がタナカひとりとは限らない。
ヨハンと出会う前、歓楽街を歩いていたタナカは「感情と性欲にまかせて将来を棒に振って 誰かを消費し誰かに消費されて死ぬなんて」と言っていたけど、まさにタナカ本人がそうなるというのは何とも皮肉な結末。
ヨハンは私がお金を払う客だからよくしてくれてるだけ、とタナカは平静を装おうとしているけど、実態はホストに入れ込んで人生を棒に振っている客以外の何ものでもなかった。
タナカが診療で患者から不必要な採血をして血をヨハンに貢ぐところは狂気。盗んだお金でホスト通いしているのと同じ。
堅実な方法でヨハンから認められることが自意識の低いタナカの生きがいになっていたが、実際のところ堅実でもなんでもなく、タナカの視点と客観的な視点でギャップのあるところがこの作品のおもしろさだと思う。
あと、私はアカミネ先生=ヨハンだと思うのだけど、どうでしょう。
ヨハンが病院に来るのは必ずアカミネ先生がどこかへ行ったタイミングだったから。
初対面のタナカの下の名前がサチだとヨハンが知っていた強烈な違和感も、アカミネ先生がヨハンだったなら説明がつく。
最後に、この作品の何がエロチックで不気味で衝撃かって、生理中のタナカの経血をヨハンが吸うところでした。山口先生すごい。
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