【ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー】ホラーではなく完成度の高さを堪能するドラマ

Netflixオリジナルドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』(原題: The Haunting of Bly Manor)の感想です。

前作にあたる『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』は見ていませんが、ストーリー上の関わりはないので問題なく楽しめました。

※途中からストーリーのネタバレあり


ドラマの概要

『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』は、2007年のアメリカで、とある女性が結婚パーティー前夜に新郎新婦や招待客に幽霊話をするところから始まる。

舞台は1987年のイギリスへ。アメリカ人のダニはヘンリー・ウィングレーブの甥マイルズと姪フローラの世話係として田舎町ブライの館にやってくる。

最初は何もかも順調に見えたが、次第にダニは本来いないはずの人物や、マイルズとフローラの不審な行動を目にするようになる。


ストーリーには分からないことや気になることが次々にわき出て、現に7話まで新しいハテナマークが出続けたのだが、蓄積された疑問は8話と9話で一気に解消されていく。

全9話で1話あたり50~60分。

ホラーな雰囲気はあるものの、怖いシーンは私の中では丸眼鏡くらいだったので、ホラーが苦手でもきっと大丈夫。前作「ヒルハウス」はかなり怖いらしいですが…(だから見ていない)。

以下、ストーリーのネタバレあり。

最初からもう一度見たくなる構成

世話係が主人公で館の幽霊に立ち向かうホラーストーリーかと思いきや。

終わってみれば主人公は庭師で、幽霊が生きている人間に迷惑をかけまくるラブストーリーだった。

諸悪の根源であるヴァイオラは本当に迷惑極まりない存在だったが、それはさておき、ストーリーのあらゆる伏線がラスト2話できれいに回収されていくのは圧巻。

無言電話をかけているのは誰か、フローラの人形は何なのか、ハナが食べ物を口にしないのはなぜか、マイルズの不気味な行動は何なのか、あの足跡は誰のものなのか、といった謎は全て解ける。

最後まで謎に包まれているのは、マイルズとフローラの両親がどのように死んだのかという点くらいではないだろうか。

ストーリーの全容が分かった状態で第1話から見返すと(と言っても見返したのは気になったシーンだけだが)、初めて見たときには気づかなかった様々なことが目に留まる。

1話冒頭で新郎新婦にスピーチしていたのはオーウェンで、その内容はハナとの思い出を踏まえたものであること。

フローラの人形の家には館の幽霊が全てそろっていて、人形の位置がそのまま幽霊の現在地を示していること。そしてフローラの一見不審な言動はダニを守るためのものだったこと。

また、2話でマイルズの寄宿学校の授業で「悪霊が人間に入る時も許可が要る。人間には選択の自由があるから」というセリフが出てくるが、これは館の幽霊が生きた人間に取りつく際の条件と一致する。

ピーターとレベッカはマイルズとフローラに同意を求めていたし、ヴァイオラがダニの体に入ったのも受け入れの言葉があったからだ。

さりげないセリフもストーリーと関連しており、全てのシーンが細かく作り込まれているのを実感する作品だった。

フィクションの中のフィクション

第9話で、幽霊話を語る中年女性は庭師ジェイミーだと明らかになる。

それだけでなく、この結婚式は大人になったフローラの結婚式であり、周りにいたのはオーウェン、マイルズ、ヘンリーだったことも判明する。

みんな見た目が変わりすぎだとか、ジェイミーの英語のアクセントが違いすぎるとか(butの発音くらいしか共通していない気が)、突っ込みどころはある。

しかしこの幽霊話はジェイミーの体験談ではないと表向きはなっているので、ダニを始めとする登場人物の名前も幽霊話用に作ったものなのだろう。

また、マイルズの寄宿学校でのこと、ピーターとレベッカのプライベートな会話、フローラやハナが記憶に閉じ込められる場面などは本人しか知り得ない内容なので、彼らの話はジェイミーの創作が入っている可能性も考えられる。

そのため、幽霊話は主にダニとジェイミーの経験を元にした、事実に基づくフィクションに近いのではないかと思う。

結婚式前夜の現在とブライ時代で外見や発音に違いがあるのは、現実に起きたことと幽霊話の内容が一致していないことを示唆しているのかもしれない。

まあ、このドラマ自体がフィクションで、そのフィクションの中にフィクションが入っている構成なので、細かいことを気にしても仕方ない気もする。

大切な人を失ったあと、どう生きるか

本作のテーマは「大切な人の死後にどう生きるか」だろう。

多くの登場人物が大切な人を亡くしており、その後の生き方は2つのパターンに分かれている。

まず婚約者を亡くしたダニと、実の兄とその妻を亡くしたヘンリーは、大切な人の死は自分のせいだと考え罪悪感に襲われていた。

ダニは物理的な距離で、ヘンリーは飲酒によってそのことを忘れようとしていた。

一方、ジェイミーとオーウェンは最愛の人を不幸な形で失い、写真を飾ったり他人に話したりすることで、大切な人のことをいつまでも記憶にとどめようとしていた。

ブライマナーの幽霊たちは、人から忘れられるにつれて顔が消えていく。

幽霊が「目覚め 歩き 忘れていく」のと同じように、何もしなければ人間も時間が経つにつれて大切な人のことを忘れていくのだろう。

ジェイミーは他人にダニのことを知ってもらうためではなく、自分のためにダニのことを話す。

ジェイミーはまだダニの死を完全には受け入れられていないのだと思う。ダニが自分の前に現れることを期待してドアを開けっ放しにしたり、バスタブにたまった水をのぞきこんだりしているから。

人にダニの話を聞かせるのは、ジェイミーなりにダニの死と向き合うセラピーのようなものかもしれない。

それにしても、ダニを語る上でダニに取りついたヴァイオラの話は避けて通れないため、ダニとセットでヴァイオラのことがいつまでも人に語られ覚えられるというのは何とも皮肉で、結局ヴァイオラの一人勝ちな気がしないでもない。

「失うことは考えないで」

ジェイミーの話を聞き終えた大人フローラは、婚約者を失うのが怖いと不安を口にする。

フローラはブライでの記憶がほとんどないとはいえ、両親を亡くしたことは覚えているはず。愛する人が突然いなくなることに人一倍敏感なのは当然だ。

そんなフローラにジェイミーは「失うことは考えないで、目の前の幸せを噛みしめて」と声をかける。

大切な人に巡り会い、愛し合い、共に暮らし、そして失ったジェイミーの「失うことは考えないで」という言葉は、とても重く説得力がある。

失うことを考えないまま大切な人を失ったら突然の喪失に心が崩壊してしまうのでは? と思ったが、ひとりで残りの人生を歩む糧となるのは不安と共にある思い出より、大事な人との幸せいっぱいの思い出なのだろう。ジェイミーを見てそう感じた。

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