ウィッチャー原作小説『Season of Storms』の内容と感想(未翻訳・英語版)
2020年7月現在、日本語に翻訳されていないウィッチャーの原作小説『Season of Storms』の英語版を読み終わったので、内容や感想をまとめました。
モンスターとの戦いや女魔術師との恋愛、ダンディリオンのピンチを救うといったウィッチャー作品のお約束のほか、ロイヤルウェディングに待ち構える陰謀、魔術師の残虐な研究、大きな自然災害など見どころが盛りだくさんな1冊でした。
『Season of Storms』について
『Season of Storms』はアンドレイ・サプコフスキによる8冊目のウィッチャーシリーズ。
ポーランド語原作が2013年に、英語翻訳版が2018年に出版された。
本作は現時点でウィッチャー原作小説の最新作になるが、『ウィッチャーⅤ 湖の貴婦人』の続編ではなく、長編シリーズより前の出来事が書かれている。
おそらく短編「The Last Wish」(イェネファーと出会う話)の何年か後の話だと思う。
『Season of Storms』は短編集ではなく、1冊で完結する長編小説となっている。
ただ、ゲラルトとイェネファーの関係にも焦点が当たっているので、他のウィッチャーシリーズを読んでから読むのがおすすめ。
登場人物
※以下、日本語表記が見つからなかった人名や地名のカタカナは適当に書いています。
ゲラルト:モンスター退治のプロ、ウィッチャー。本作の大半をウィッチャーの剣がない状態で過ごす。恋人イェネファーとは1年前に別れた。
ダンディリオン:ゲラルトの友人の吟遊詩人。ケラックの従兄弟を訪れていた時、ゲラルトと再会する。
イェネファー:ゲラルトの元恋人の女魔術師。本作ではゲラルトと対面することはないが、重要な役目を果たす。
コーラル:ケラックでゲラルトと数日間の蜜月を過ごす女魔術師。リッタ・ネイドとも呼ばれる。コーラルという通称は彼女のお気に入りの口紅の色が由来。ドラマのシーズン1の最終話で登場するコーラルは同じ人。
フェラント:ダンディリオンの従兄弟で、ケラック法務の高官。ダンディリオンを本名のジュリアンと呼ぶので一瞬誰のことを言っているのか分からなくなる。
ケラック国王と身内たち:本作でゴタゴタする人たち。『グウェント ウィッチャーカードゲーム』の「鏡の達人」で追加されたベロハン、イルディコ、ヴィラクサスは本作で登場する。
リスバーグ城の魔術師たち:本作でゴタゴタする人たち。「誰もが魔法の恩恵を受けるべき」という建前の裏であんなことやそんなことをしている。
ニムエ:本編の幕間に登場。『ウィッチャーⅤ 湖の貴婦人』で時間を超えたシリを助けることになる人物。
あらすじ
主に以下3つのストーリーが入り組んで進む。
盗まれたウィッチャーの剣
北方諸国の小さな国ケラックを訪れたゲラルトは、銀と鋼のウィッチャーの剣を盗まれる。
偶然再会したダンディリオンと剣の行方を追い、剣がノヴィグラドのオークションに出品されることを突き止める。
いろいろあってゲラルトはオークションに間に合わなかったが、剣は本編終盤に思わぬ形でゲラルトのもとに戻ってくる。
ケラック王の結婚式と王位継承問題
ケラック王ベロハンは17歳の新妻イルディコとの結婚式を控えていた。
ベロハン王の長男エグモンドは、ゲラルトに結婚式で父を守ってほしいと依頼する。
しかし、ベロハンはイルディコとの子に王位を継がせると宣言しており、エグモンドはそのことに不満を抱いているというウワサがあった。
結婚式当日、思わぬ事件が起きる。
リスバーグ城の魔術師
ゲラルトはリスバーグ城の魔術師の依頼で、リスバーグ周辺の村人を殺した悪魔を探すことになる。
調査を進めていたゲラルトは、村人の殺りくは悪魔のしわざではないことを知る。
※これより先、ネタバレありの感想です。
ウィッチャーの剣の意義
「剣がないと殻のないナメクジになった気分だ」「剣を盗まれたと知られたらヴェセミルや同僚にバカにされる」
剣を盗まれたゲラルトのセリフだ。
ウィッチャーの剣はゲラルトにとって戦力的に重要なだけでなく、精神的にも重要らしい。
ゲラルトはケラックに来てから災難ばかりで、剣をなくしている間に怪物や魔術師と戦うことになるし、テレポートで遠くに飛ばされ悲惨な船旅をすることになるし、結婚式ではクーデターに巻きこまれるし、さらに特大の嵐がケラックに来るしで本当にろくな目に遭っていない。
嵐が去った後、ゲラルトは「もうケラックはたくさんだ。一刻も早く離れたい」と吐露する。
ウィッチャーの剣がない期間は代わりに他の剣を使い、強敵との戦いは霊薬やウィッチャーの印を駆使してしのいでいたが、ウィッチャーの剣があればゲラルトの苦労は少なく、ここまで精神的に追い詰められることもかっただろうと想像できる。
読んでいる側としては、ウィッチャーの剣がなくても激戦をくぐり抜けられるゲラルトの実力の高さを実感できる機会である。
ゲラルトとイェネファーのつながり
盗まれたゲラルトの剣は、ゲラルトの知らないところでイェネファーが取り返してくれる。
本作ではゲラルトとイェネファーが顔を合わせることはないが、ウィッチャーの剣を通してゲラルトとイェネファーの深いつながりを再認識した。
ゲラルトはコーラルと関係を持っている間も、イェネファーのことを片時も忘れなかった。
ダンディリオンいわく、ゲラルトがコーラルと過ごすのはイェネファーのいない空白を埋めているだけらしい(で、コーラルはゲラルトをもてあそんでいるだけだと)。
一方イェネファーも、誰よりもゲラルトのことを分かっていて「ウィッチャーの剣はゲラルトのすべて。運命でつながっている」と誰に頼まれるでもなくゲラルトのために剣を取り戻した。
別れていても連絡をとっていなくても、お互いを思い合うゲラルトとイェネファー。
2人の心のあり方はウィッチャーシリーズの要の1つだなと改めて感じた。
なお、実際に剣をゲラルトに届けてくれたのは、イェネファーの依頼を受けたアレツザ学院の卒業生ティツィアナ。
ゲラルトはティツィアナからイェネファーのことを聞いて大変に心を動かされた後、ティツィアナと一夜を過ごす。
心と体が向かう先が一致しないところがゲラルトの風物詩。
余談。イェネファーのリラとスグリの香りのように、ゲラルトと親密になる女性は香りで表現される。
(同じことを「小さくない小さな犠牲。ウィッチャー短編小説「A Little Sacrifice」感想」でも書いた)
本作ではコーラルがフリージアとアプリコットの香り、ティツィアナはアヤメとベルガモットの香りだった。
大きな悪に立ち向かうゲラルト
ウィッチャーの剣のことは本作の中心要素で、他にも周りでいろいろな事件が起きる。
ケラック王国のお家騒動も見どころの1つではあるが、個人的にはリスバーグ城の魔術師関係がおもしろかった。
リスバーグ城の魔術師たちは、人の安全と快適さが大事だと主張して様々な実験や研究を行っている。
人間をウィッチャーに変異させる霊薬を最初に作ったのもリスバーグ城の魔術師だったらしい。
リスバーグ周辺で人間が殺されている事態を憂慮してゲラルトに協力を求める良識ある魔術師がいる一方、禁じられた研究に手を出す魔術師もいた。
リスバーグ周辺の農民や石炭商を50人近く虐殺した犯人は、リスバーグ城の魔術師のひとりデガランドと彼の作った怪物(オーガとトロールを魔法で交配させたもの)だった。
ゲラルトの調査でデガランドは違う種類のモンスターを交配させたり、人の体に動物の頭をつけたりするなど数々の実験を行っていたことが明らかになるが、ゲラルトはデガランドを仕留められずテレポートで遠くへ飛ばされる。
船旅のトラブルを経てケラックに戻ってきたゲラルトは、リスバーグ城の魔術師たちがデガランドを処罰するどころか事件を隠蔽し、安全な場所にかくまったことを知る。
リスバーグ城の言い分は、デガランドは精神不安定で善悪の判断ができる状態ではなかった、というもの。自分たちの特権や既得権益を守りたい集団のようだ。
その後ゲラルトは友人の狼人間オットーの協力でデガランドの居場所を突き止め、研究所に侵入。
「人間は殺さない」というウィッチャーのルールを知って油断していたデガランドを、ゲラルトはためらうことなく殺した。
かくまわれたデガランドを黙って見過ごすこともできたはずだが、ゲラルトはあえて困難な道を選んだ。
デガランドを放置すればいずれ甚大な被害が出る、それはすなわち大きな悪である。
ブラビケンでしたように、人知れず大きな悪をゲラルトは断った。
物語は終わらない
『Season of Storms』では何回か「全ては幻想だ」というセリフが出てくる。
これをどうとらえるかは諸説あるだろうが、私は「ウィッチャーも作り話にすぎないのだ」という意味が込められていると思った。
それでいて「物語は続き、終わることはない」とエピローグである人物に言わせるところが絶妙。
原作小説は今のところ『Season of Storms』が最新作で、今後新しい作品が発表されるかは不明だが、ゲームやドラマなど原作者から離れたところでもウィッチャーの物語は語り続けられている。
ウィッチャーという物語が幻想だからこそ、ウィッチャーは人々の心に残り、原作とは別の形で作品が続いていくのだろう。
個人的なメモ
Amazonの商品ページ「Season of Storms (The Witcher) (English Edition) Kindle版」によると本作は366 ページ。
読み終わるまでの所要時間は、土日に1時間ずつ読んで4か月でした。