ブラビケンの殺し屋の由来。ウィッチャー短編小説「The Lesser Evil」(英語版)
※本記事は『ウィッチャー短篇集1 最後の願い』収録の「小さな悪」を英語版で読んだときの感想です(2021/12/28追記)
ウィッチャー原作小説『The Last Wish: Introducing the Witcher』には7つの短編が収録されている。
- The Voice of Reason
- The Witcher
- A Grain of Truth
- The Lesser Evil
- A Question of Price
- The Edge of the World
- The Last Wish
【関連記事】ウィッチャー原作小説The Last Wishの内容と感想
本記事では「The Lesser Evil」のあらすじと感想をまとめている。
短編のネタバレを含んでいるが、この作品はゲーム『ウィッチャー3 ワイルドハント』や小説『ウィッチャーI エルフの血脈』の核心に触れるような内容は書かれていない。
最大のネタバレはゲームでたまに出てきた「ブラビケンの殺し屋」の由来だろう。
人名・地名のカタカナ表記は日本語版小説やゲームのものを参考にした。
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「The Lesser Evil」の内容
概要
タイトルを訳すと「小さいほうの悪」。ゲラルトがブラビケンで魔法使いストレゴボルと、呪われた女性レンフリの確執に巻きこまれる話。なぜゲラルトが「ブラビケンの殺し屋」と呼ばれるようになったか、その由来が描かれている。
あらすじ
- ゲラルトはブラビケンでストレゴボルという魔法使いに再会する。ストレゴボルはレンフリという呪いにかかった女性に命を狙われており、ゲラルトにレンフリを殺してほしいと頼むが、ゲラルトは拒否する。
- ブラビケンにレンフリが仲間を連れてやってくる。レンフリは迷信のせいでストレゴボルに殺されかけた過去を明かし、自分ではなくストレゴボルを殺すべきだとゲラルトを説得する。ゲラルトに依頼を拒否されたレンフリは何もしないで町を出ると言い、ゲラルトと一夜を過ごす。
- 翌朝、ゲラルトはレンフリの目的がブラビケンの市民を虐殺してストレゴボルを塔から誘い出すことだと気づく。急いで市場へ向かったゲラルトは、レンフリとその仲間たち全員を殺す。
「The Lesser Evil」の解説・感想
ここからはあらすじに書かなかった短編の核心に触れながら感想を述べる。『The Last Wish』におさめられている7つの短編の中で、もっとも奥深くておもしろいのがこの「The Lesser Evil」だと個人的には思っている。
タイトルでもある「The Lesser Evil」はストーリーのキーワードで、「悪い2つの選択肢のうち悪の小さいほう」という意味。
ゲラルトは、ストレゴボルからはレンフリを殺してくれと頼まれ、レンフリからはストレゴボルを殺してくれと頼まれる。
ストレゴボルとレンフリのどちらを倒すほうが小さい悪かを問われるゲラルトだが、「俺はLesser Evilを信じない」とどちらの依頼も拒否する。
しかし後々ゲラルトは、レンフリがストレゴボルをおびき出すためブラビケンの市民を人質にとるつもりだと気づき、ストレゴボルを殺してブラビケンの市民を救うか、レンフリを殺してブラビケンの市民を救うか、という決断を迫られる。
ゲラルトは被害を最小限におさえるため、先手を打ってレンフリとその仲間を皆殺しにした。それがゲラルトの選んだLesser Evilだった。
それまで誰も殺さず中立的に動いていたゲラルトがこの決断に至った理由はいくつかある。
- すぐに市会議員(※)コルドメンにレンフリたちを拘束するよう頼んだが、何も悪いことをしていない者を止めることはできないと断られた
- ブラビケンの市民が虐殺されてもストレゴボルは塔から出てこないと分かっていた
- レンフリの仲間が3年前に起きたトライダムでの虐殺の関係者だった
である。
(※原文はalderman。辞書では「市会議員」と載っているのでそうしたが、時代とか設定とかに合わないし、 コルドメンは文脈的にもっと地位が高い人だと考えられるので、違う言葉が適切だと思う)
(2019/12/21追記:ドラマでも「市議」だった。市議本人は全く登場しなかったけど)
(2020/03/31追記:ゲームだと「村長」「領主」だった。なぜaldermanにこんなに追記しているのか自分でも分からない)
レンフリの仲間が関係したトライダムの虐殺というのは、盗賊が仲間の解放を求めて巡礼者たちを人質にとってとある男爵と交渉していたが、男爵の決断が遅かったため男爵が盗賊の仲間を解放したときには多数の犠牲者が出ていた、という出来事。
レンフリの仲間のひとりはこのときの盗賊だ、とゲラルトはコルドメンから聞いていた。
時間をかけたら市民が殺されると考えたゲラルトは、瞬時に犠牲者が最も少ない方法を実行し、結果ブラビケン市民全員を救ったのだ。
レンフリたちは血も涙もないような集団なので、ゲラルトが何もしなかったらブラビケンで多くの人が殺されていたはずだ。しかし、惨事は起きなければ惨事と認識されない。
ブラビケン市民にとってゲラルトは命の恩人なのだが、ゲラルトはレンフリたちが攻撃する前に動いたため、人々にはゲラルトが無実の女性とその仲間を一方的に殺したようにしか見えなかった。
自分たちに危険が迫っていたとは知るよしもなく、ゲラルトに石を投げつけ人殺しと責めた。
石を投げられても黙って耐えるゲラルトの姿はなんとも痛々しい。怪人を倒して助けた市民からインチキ扱いされたワンパンマンのサイタマに通ずる苦々しさだ。
もしブラビケン市民が殺され始めてからゲラルトがレンフリたちを倒したら、きっとゲラルトはブラビケンを救った英雄と称えられただろう。
トラブルが起きないよう細心の注意を払って仕事をしている人より、ミスして起こしたトラブルに対処した人のほうがパッと見た感じ仕事ができるように見えるのと同じ理屈だ。
ブラビケン市民にひとりも犠牲者を出さなかったゲラルトの判断は、読者からすれば英断にほかならない。
しかし残念なことに、ウィッチャーの世界ではそれが評価されないどころか、コルドメンから二度とブラビケンに来るなと言われた上に、この件をきっかけにゲラルトは「ブラビケンの殺し屋」と呼ばれるようになってしまう。
とはいえ何も知らない市民を責めることはできない。ゲラルトも読み手も、やりきれない思いをグッと飲み込むしかないのだ。
「The Lesser Evil」は後味の悪く悲しい話だが、それもウィッチャーというフィクションの奥深さだと実感できる短編だった。
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